て来た新しいのも壁の上に掛けてあった。太郎への約束の柱時計だ。今度次郎が提《さ》げて行こうとするものだ。それが古い時計と並んで一緒に動きはじめていた。
 「すごい時計だ。」
 と、見に来て言うものがある。そろそろ夕飯のしたくができるころには、私たちは茶の間に集まって新しい時計の形をいろいろに言ってみたり、それを古いほうに比べたりした。私の四人の子供がまだ生まれない前からあるのも、その古いほうの時計だ。
 やがて私たちは一緒に食卓についた。次郎は三郎とむかい合い、私は末子とむかい合った。
 「送別会」とは名ばかりのような粗末な食事でも、こうして三人の兄妹《きょうだい》の顔がそろうのはまたいつのことかと思わせた。
 「いよいよ明日《あす》は次郎ちゃんも出かけるかね。」と、私は古い柱時計を見ながら言った。「かあさんが亡《な》くなってから、ことしでもう十七年にもなるよ。あのおかあさんが生きていて、お前たちの話す言葉を聞いたら驚くだろうなあ。わざと乱暴な言葉を使う。『時計を買いやがった――動いていやがらあ』――お前たちのはその調子だもの。」
 「いけねえ、いけねえ。」と、次郎は頭をかきながら食っ
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