なものがそう好きなんだろうなあ。」
「だって、皆さんがそうおっしゃるんですもの。――三ちゃんでも、末子さんでも。」
私はお徳の前に立って、肴屋《さかなや》の持って来た付木《つけぎ》にいそがしく目を通した。それには河岸《かし》から買って来た魚《さかな》の名が並べ記《しる》してある。長い月日の間、私はこんな主婦の役をも兼ねて来て、好ききらいの多い子供らのために毎日の総菜《そうざい》を考えることも日課の一つのようになっていた。
「待てよ。おれはどうでもいいが、送別会のおつきあいに鮎《あゆ》の一尾《いっぴき》ももらって置くか。」
と、私はお徳に話した。
「末ちゃん、おまいか。」
と、私はまた小さな娘にでも注意するように末子に言って、白の前掛けをかけさせ、その日の台所を手伝わせることも忘れなかった。
「ほんとに、太郎さんのようなおとなしい人のおよめさんになるものは仕合わせだ。わたしもこれでもっと年でも取ってると――もっとお婆《ばあ》さんだと――台所の手伝いにでも行ってあげるんだけれど。」
それが茶の間に来てのお徳の述懐だ。
茶の間には古い柱時計のほかに、次郎が銀座まで行って買っ
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