ってから着るものなぞを縫った。裁縫の材料、材料で次ぎから次ぎへと追われている末子が学校でのけいこに縫った太郎の袷羽織《あわせばおり》もそこへでき上がった。それを柳行李《やなぎごうり》につめさせてなどと家のものが語り合うのも、なんとなく若者の旅立ちの前らしかった。
次郎の田舎《いなか》行きは、よく三郎の話にも上《のぼ》った。三郎は研究所から帰って来るたびに、その話を私にして、
「次郎ちゃんのことは、研究所でもみんな知ってるよ。僕の友だちが聞いて『それだけの決心がついたのは、えらい』――とサ。しかし僕は田舎へ行く気にならないなあ。」
「お前はお前、次郎ちゃんは次郎ちゃんでいい。広い芸術の世界だもの――みんながみんな、そう同じような道を踏まなくてもいい。」
と、私は答えた。
子供の変わって行くにも驚く。三郎も私に向かって、以前のようには感情を隠さなくなった。めまぐるしく動いてやまないような三郎にも、なんとなく落ちついたところが見えて来た。子供の変わるのはおとなの移り気とは違う、子供は常に新しい――そう私に思わせるのもこの三郎だ。
やがて次郎は番町の先生の家へも暇乞《いとまご》いに
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