》けて見える人であった。おそらくこれが嫂に取っての郷里の見納めであろうとも思われたからで。
私たちは炉ばたにいて順にそこへ集まって来る客を待った。嫂が旧《ふる》いなじみの人々で、三十年の昔を語り合おうとするような男の老人はもはやこの村にはいなかった。そういう老人という老人はほとんど死に絶えた。招かれて来るお客はお婆さんばかりで、腰を曲《かが》めながらはいって来る人のあとには、すこし耳も遠くなったという人の顔も見えた。隣村からわざわざ嫂や姪《めい》や私の娘を見にやって来てくれた人もあったが、私と同年ですでに幾人かの孫のあるという未亡人《みぼうじん》が、その日の客の中での年少者であった。
しかし、一同が二階に集まって見ると、このお婆さんたちの元気のいい話し声がまた私をびっくりさせた。その中でも、一番の高齢者で、いちばん元気よく見えるのは隣家のお婆さんであった。この人は酒の盃《さかずき》を前に置いて、
「どうか、まあ太郎さんにもよいおよめさんを見つけてあげたいもんだ。とうさんの御心配で、こうして家もできたし。この次ぎは、およめさんだ。そのおりには私もまたきょうのように呼んでいただきたい
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