部屋はあるし、僕はもうそのつもりにして待っているところだ。」
「半日お前の手伝いをさせる、半日|画《え》をかかせる――そんなふうにしてやらしてみるか。何も試みだ。」
「まあ、最初の一年ぐらいは、僕から言えばかえって邪魔になるくらいなものだろうけれど――そのうちには次郎ちゃんも慣れるだろう。なかなか百姓もむずかしいからね。」
そういう太郎の手は、指の骨のふしぶしが強くあらわれていて、どんな荒仕事にも耐えられそうに見えた。その手はもはやいっぱしの若い百姓の手だった。この子の机のそばには、本箱なぞも置いてあって、農民と農村に関する書籍の入れてあるのも私の目についた。
その日は私は新しい木の香のする風呂桶《ふろおけ》に身を浸して、わずかに旅の疲れを忘れた。私は山家《やまが》らしい炉ばたで婆《ばあ》さんたちの話も聞いてみたかった。で、その晩はあかあかとした焚火《たきび》のほてりが自分の顔へ来るところへ行って、くつろいだ。
「ほんとに、おらのようなものの造るものでも、太郎さんはうまいうまいと言って食べさっせる。そう思うと、おらはオヤゲナイような気がする。」
と、私に言ってみせるのは、肥
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