薪材《まきざい》を取りに行くために要《い》るだけの林と、それに家とをあてがった。自作農として出発させたい考えで、余分なものはいっさいあてがわない方針を執った。
 都会の借家ずまいに慣れた目で、この太郎の家を見ると、新規に造った炉ばたからしてめずらしく、表から裏口へ通り抜けられる農家風の土間もめずらしかった。奥もかなり広くて、青山の親戚《しんせき》を泊めるには充分であったが、おとなから子供まで入れて五人もの客が一時にそこへ着いた時は、いかにもまだ新世帯《しんじょたい》らしい思いをさせた。
 「きのうまで左官屋《さかんや》さんがはいっていた。庭なぞはまだちっとも手がつけてない。」
 と、太郎は私に言ってみせた。
 何もかも新規だ。まだ柱時計一つかかっていない炉ばたには、太郎の家で雇っているお霜《しも》婆《ばあ》さんのほかに、近くに住むお菊《きく》婆さんも手伝いに来てくれ、森さんの母《かあ》さんまで来てわが子の世話でもするように働いていてくれた。
 私は太郎と二人《ふたり》で部屋部屋《へやべや》を見て回るような時を見つけようとした。それが容易に見当たらなかった。
 「この家は気に入った。思っ
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