築の家の工事まで、ほとんどいっさいの世話をしてくれたのもこの人だ。
郷里に帰るものの習いで、私は村の人たちや子供たちの物見高い目を避けたかった。今だに古い駅路《うまやじ》のなごりを見せているような坂の上のほうからは、片側に続く家々の前に添うて、細い水の流れが走って来ている。勝手を知った私はある抜け道を取って、ちょうどその村の裏側へ出た。太郎は私のすぐあとから、すこしおくれて姪や末子もついて来た。私は太郎の耕しに行く畠《はたけ》がどっちの方角に当たるかを尋ねることすら楽しみに思いながら歩いた。私の行く先にあるものは幼い日の記憶をよび起こすようなものばかりだ。暗い竹藪《たけやぶ》のかげの細道について、左手に小高い石垣《いしがき》の下へ出ると、新しい二階建ての家のがっしりとした側面が私の目に映った。新しい壁も光って見えた。思わず私は太郎を顧みて、
「太郎さん、お前の家かい。」
「これが僕の家サ。」
やがて私はその石垣《いしがき》を曲がって、太郎自身の筆で屋号を書いた農家風の入り口の押し戸の前に行って立った。
四方木屋《よもぎや》。
太郎には私は自身に作れるだけの田と、畑と、
前へ
次へ
全82ページ中58ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング