れを嫂《あによめ》にも着せ、姪にも着せ、末子にも着せて。
 中央線の落合川《おちあいがわ》駅まで出迎えた太郎は、村の人たちと一緒に、この私たちを待っていた。木曾路《きそじ》に残った冬も三留野《みどの》あたりまでで、それから西はすでに花のさかりであった。水力電気の工事でせき留められた木曾川の水が大きな渓《たに》の間に見えるようなところで、私はカルサン姿の太郎と一緒になることができた。そこまで行くと次郎たちの留守居する東京のほうの空も遠かった。
 「ようやく来た。」
 と、私はそれを太郎にも末子にも言ってみせた。
 年とった嫂《あによめ》だけは山駕籠《やまかご》、その他のものは皆徒歩で、それから一里ばかりある静かな山路《やまみち》を登った。路傍に咲く山つつじでも、菫《すみれ》でも、都会育ちの末子を楽しませた。登れば登るほど青く澄んだ山の空気が私たちの身に感じられて来た。旧《ふる》い街道の跡が一筋目につくところまで進んで行くと、そこはもう私の郷里の入り口だ。途中で私は森《もり》さんという人の出迎えに来てくれるのにあった。森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新
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