の男の子であったが、すぐに末子に慣れて、汽車の中で抱かれたりその膝《ひざ》に乗ったりした。それほど私の娘も子供好きだ。その子は時々末子のそばを離れて、母のふところをさぐりに行った。
「叔父《おじ》さん、ごめんなさいよ。」
と言って、姪《めい》は幾人もの子供を生んだことのある乳房《ちぶさ》を小さなものにふくませながら話した。そんなにこの人は気の置けない道づれだ。
「そう言えば、太郎さんの家でも、屋号をつけたよ。」と、私は姪に言ってみせた。「みんなで相談して田舎《いなか》風に『よもぎや』とつけた。それを『蓬屋』と書いたものか、『四方木屋』と書いたものかと言うんで、いろいろな説が出たよ。」
「そりゃ、『蓬屋』と書くよりも、『四方木屋』と書いたほうがおもしろいでしょう。いかにも山家《やまが》らしくて。」
こんな話も旅らしかった。
甲府《こうふ》まで乗り、富士見《ふじみ》まで乗って行くうちに、私たちは山の上に残っている激しい冬を感じて来た。下諏訪《しもすわ》の宿へ行って日が暮れた時は、私は連れのために真綿《まわた》を取り寄せて着せ、またあくる日の旅を続けようと思うほど寒かった。――そ
前へ
次へ
全82ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング