かたがない。」
と、次郎は沈思するように答えて、ややしばらく物も言わずに、私のそばを離れずにいた。
四月にはいって、私は郷里のほうに太郎の新しい家を見に行く心じたくを始めていた。いよいよ次郎も私の勧めをいれ、都会を去ろうとする決心がついたので、この子を郷里へ送る前に、私は一足先に出かけて行って来たいと思った。留守中のことは次郎に預けて行きたいと思う心もあった。日ごろ家にばかり引きこもりがちの私が、こんな気分のいい日を迎えたことは、家のものをよろこばせた。
「ちょっと三人で、じゃんけんしてみておくれ。」
と、私は自分の部屋《へや》から声を掛けた。気候はまだ春の寒さを繰り返していたころなので、子供らは茶の間の火鉢《ひばち》の周囲に集まっていた。
「オイ、じゃんけんだとよ。」
何かよい事でも期待するように、次郎は弟や妹を催促した。火鉢の周囲には三人の笑い声が起こった。
「だれだい、負けた人は。」
「僕だ。」と答えるのは三郎だ。「じゃんけんというと、いつでも僕が貧乏くじだ。」
「さあ、負けた人は、郵便箱を見て来て。」と、私が言った。「もう太郎さんからなんとか言って来てもいい
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