。兄弟であって、同時に競争者――それは二人《ふたり》の子供に取って避けがたいことのように見えた。なるべく思い思いの道を取らせたい。その意味から言っても、私は二人の子供を引き離したかった。
 「次郎ちゃん、おもしろい話があるんだが、お前はそれを聞いてくれるか。」
 そんなことから切り出して、私はそれまで言い出さずにいた田舎《いなか》行きの話を次郎の前に持ち出してみた。
 「半農半画家の生活もおもしろいじゃないか。」と、私は言った。「午前は自分の画《え》をかいて、午後から太郎さんの仕事を助けたってもいいじゃないか。田舎で教員しながら画《え》をかくなんて人もあるが、ほんとうに百姓しながらやるという画家は少ない。そこまで腰を据《す》えてかかってごらん、一家を成せるかもしれない。まあ、二三年は旅だと思って出かけて行ってみてはどうだね。」
 日ごろ田舎《いなか》の好きな次郎ででもなかったら、私もこんなことを勧めはしなかった。
 「できるだけとうさんも、お前を助けるよ。」と、また私は言った。「そのかわり、太郎さんと二人で働くんだぜ。」
 「僕もよく考えてみよう。こうして東京にぐずぐずしていたってもし
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