しい口をきいた。
 「次郎ちゃん、いい家があって?」
 「だめ。」
 次郎はがっかりしたように答えて、玄関の壁の上へ鳥打帽《とりうちぼう》をかけた。私も冬の外套《がいとう》を脱いで置いて、借家さがしにくたぶれた目を自分の部屋《へや》の障子の外に移した。わずかばかりの庭も霜枯れて見えるほど、まだ春も浅かった。
 私が早く自分の配偶者《つれあい》を失い、六歳を頭《かしら》に四人の幼いものをひかえるようになった時から、すでにこんな生活は始まったのである。私はいろいろな人の手に子供らを託してみ、いろいろな場所にも置いてみたが、結局父としての自分が進んでめんどうをみるよりほかに、母親のない子供らをどうすることもできないのを見いだした。不自由な男の手一つでも、どうにかわが子の養えないことはあるまい、その決心にいたったのは私が遠い外国の旅から自分の子供のそばに帰って来た時であった。そのころの太郎はようやく小学の課程を終わりかけるほどで、次郎はまだ腕白盛《わんぱくざか》りの少年であった。私は愛宕下《あたごした》のある宿屋にいた。二部屋《ふたへや》あるその宿屋の離れ座敷を借り切って、太郎と次郎の二人《ふ
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