かっぽうぎ》も、見慣れるうちにそうおかしくなくなった。
 「次郎ちゃんは?」
 「お二階で御勉強でしょう。」
 それを聞いてから、私は両手に持てるだけ持っていた袋包みをどっかとお徳の前に置いた。
 「きょうはみんなの三時にと思って、林檎《りんご》を買って来た。ついでに菓子も買って来た。」
 「旦那さんのように、いろいろなものを買って提《さ》げていらっしゃるかたもない。」
 「そう言えば、鼠坂《ねずみざか》の椿《つばき》が咲いていたよ。今にもうおれの家の庭へも春がやって来るよ。」
 そんな話をして置いて、私は自分の部屋《へや》へ行った。
 私の心はなんとなく静かでなかった。実は私は次郎の将来を考えたあげく、太郎に勧めたとは別の意味で郷里に帰ることを次郎にも勧めたいと思いついたからで。長いこと養って来た小鳥の巣から順に一羽ずつ放してやってもいいような、そういう日がすでに来ているようにも思えた。しかし私も、それを言い出してみるまでは落ちつかなかった。
 ちょうど、三郎は研究所へ、末子は学校へ、二人《ふたり》とも出かけて行ってまだ帰らなかった時だった。次郎はもはや毎日の研究所通いでもあるまいと
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