るのが次郎の癖だ。植木坂の下あたりには、きまりでそのへんの門のわきに立ち話する次郎の旧《ふる》い遊び友だちを見いだす。ある若者は青山師範へ。ある若者は海軍兵学校へ。七年の月日は私の子供を変えたばかりでなく、子供の友だちをも変えた。
 居住者として町をながめるのもその春かぎりだろうか、そんな心持ちで私は鼠坂《ねずみざか》のほうへと歩いた。毎年のように椿《つばき》の花をつける静かな坂道がそこにある。そこにはもう春がやって来ているようにも見える。
 私の足はあまり遠くへ向かわなかった。病気以来、ことにそうなった。何か特別の用事でもないかぎり、私は樹木の多いこの町の界隈《かいわい》を歩き回るだけに満足した。そして、散歩の途中でも家のことが気にかかって来るのが私の癖のようになってしまった。「とうさん、僕たちが留守居するよ。」と、次郎なぞが言ってくれる日を迎えても、ただただ私の足は家の周囲を回りに回った。あらゆる嵐《あらし》から自分の子供を護《まも》ろうとした七年前と同じように。
 「旦那《だんな》さん。もうお帰りですか。」
 と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白い割烹着《
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