風呂場《ふろば》を造るほどはかどったことを知った。なんとなく鑿《のみ》や槌《つち》の音の聞こえて来るような気もした。こんなに私にも気分のいい日が続いて行くようであったら、おりを見て、あの新しい家を見に行きたいと思う心が動いた。

 長いこと私は友だちも訪《たず》ねない。日がな一日|寂寞《せきばく》に閉ざされる思いをして部屋《へや》の黄色い壁も慰みの一つにながめ暮らすようなことは、私に取ってきょうに始まったことでもない。母親のない幼い子供らをひかえるようになってから、三年もたつうちに、私はすでに同じ思いに行き詰まってしまった。しかし、そのころの私はまだ四十二の男の厄年《やくどし》を迎えたばかりだった。重い病も、老年の孤独というものも知らなかった。このまますわってしまうのかと思うような、そんな恐ろしさはもとより知らなかった。「みんな、そうですよ。子供が大きくなる時分には、わがからだがきかなくなりますよ。」と、私に言ってみせたある婆《ばあ》さんもある。あんな言葉を思い出して見るのも堪《た》えがたかった。
 「とうさん、どこへ行くの。」
 ちょっと私が屋外《そと》へ出るにも、そう言って声を掛け
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