ってる。この次ぎにはあそこを歩いて見るんだナ。」
 「なにしろ、日あたりがよくて、部屋《へや》の都合がよくて、庭もあって、それで安い家と来るんだから、むずかしいや。」と、三郎は混ぜ返すように笑い出した。
 「もっと大きい家ならある。」と次郎も私に言ってみせた。「五間か六間というちょうどいいところがない。これはと思うような家があっても、そういうところはみんな人が住んでいてネ。」
 「とうさん、五間で四十円なんて、こんな安い家をさがそうたって無理だよ。」
 「そりゃ、ここの家は例外サ。」と、私は言った。「まあ、ゆっくりさがすんだナ。」
 「なにも追い立てをくってるわけじゃないんだから――ここにいたって、いられないことはないんだから。」
 こう次郎も兄《にい》さんらしいところを見せた。
 やがて自分らの移って行く日が来るとしたら、どんな知らない人たちがこの家に移り住むことか。そんなことがしきりに思われた。庭にある山茶花《さざんか》でも、つつじでも、なんど私が植え替えて手入れをしたものかしれない。暇さえあれば箒《ほうき》を手にして、自分の友だちのようにそれらの木を見に行ったり、落ち葉を掃いたり
前へ 次へ
全82ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング