立って、庭の植木をながめながら、
 「次郎ちゃん、ここの植木はどうなるんだい。」
 この弟の言葉を聞くと、それまで妹と一緒に黒板の前に立って何かいたずら書きをしていた次郎が、白墨をそこに置いて三郎のいるほうへ行った。
 「そりゃ、引っこ抜いて持って行ったって、かまうもんか――もとからここの庭にあった植木でさえなければ。」
 「八つ手も大きくなりやがったなあ。」
 「あれだって、とうさんが植えたんだよ。」
 「知ってるよ。山茶花《さざんか》だって、薔薇《ばら》だって、そうだろう。あの乙女椿《おとめつばき》だって、そうだろう。」
 気の早い子供らは、八つ手や山茶花を車に積んで今にも引っ越して行くような調子に話し合った。
 「そんなにお前たちは無造作に考えているのか。」と、私はそこにある籐椅子《とういす》を引きよせて、話の仲間にはいった。「とうさんぐらいの年齢《とし》になってごらん、家というものはそうむやみに動かせるものでもないに。」
 「どこかにいい家はないかなあ。」
 と言い出すのは三郎だ。すると次郎は私と三郎の間に腰掛けて、
 「そう、そう、あの青山の墓地の裏手のところが、まだすこし残
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