癖だ。いまいましいことばかりが胸に浮かんで来た。私はこの四畳半の天井からたくさんな蛆《うじ》の落ちたことを思い出した。それが私の机のそばへも落ち、畳の上へも落ち、掃いても掃いても落ちて来る音のしたことを思い出した。何が腐り爛《ただ》れたかと薄気味悪くなって、二階の部屋《へや》から床板《ゆかいた》を引きへがして見ると、鼠《ねずみ》の死骸《しがい》が二つまでそこから出て来て、その一つは小さな動物の骸骨でも見るように白く曝《さ》れていたことを思い出した。私は恐ろしくなった。何かこう自分のことを形にあらわして見せつけるようなものが、しかもそれまで知らずにいた自分のすぐ頭の上にあったことを思い出した。
 その時になって見ると、過ぐる七年を私は嵐《あらし》の中にすわりつづけて来たような気もする。私のからだにあるもので、何一つその痕跡《こんせき》をとどめないものはない。髪はめっきり白くなり、すわり胼胝《だこ》は豆のように堅く、腰は腐ってしまいそうに重かった。朝寝の枕《まくら》もとに煙草盆《たばこぼん》を引きよせて、寝そべりながら一服やるような癖もついた。私の姉がそれをやった時分に、私はまだ若くて、年
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