は自分ながら思われなかった。
 「脛《すね》かじりと来たよ。」
 次郎は弟のほうを見て笑った。
 「太郎さんを入れると、四人もいてかじるんだから、たまらないや。」
 と、三郎も半分他人の事のように言って笑った。そこへ茶の間の唐紙《からかみ》のあいたところから、ちょいと笑顔《えがお》を見せたのは末子だ。脛かじりは、ここにも一人《ひとり》いると言うかのように。
 その時まで、三郎は何かもじもじして、言いたいことも言わずにいるというふうであったが、
 「とうさん――ホワイトを一本と、テラ・ロオザを一本買ってくれない? 絵の具が足りなくなった。」
 こう切り出した。
 「こないだ買ったばかりじゃないか。」
 「だって、足りないものは足りないんだもの。絵の具がなけりゃ、何も描《か》けやしない。」
 と、三郎は不平顔である。すると、次郎はさっそく弟の言葉をつかまえて、
 「あ――またかじるよ。」
 この次郎の串談《じょうだん》が、みんなを吹き出させた。
 私は子供らに出して見せた足をしまって、何げなく自分の手のひらをながめた。いつでも自分の手のひらを見ていると、自分の顔を見るような気のするのが私の
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