いやになったと見えますよ。もしかしたら、屑屋《くずや》に売ってくれてもいいなんて……」これほどの移りやすさが年若《としわか》な娘の内に潜んでいようとは、私も思いがけなかった。でも、私も子に甘い証拠には、何かの理由さえあれば、それで娘のわがままを許したいと思ったのである。お徳に言わせると、末子の同級生で新調の校服を着て学校通いをするような娘は今は一人もないとのことだった。
 「そんなに、みんな迷っているのかなあ。」
 「なんでも『赤襟《あかえり》のねえさん』なんて、次郎ちゃんたちがからかったものですから、あれから末子さんも着なくなったようですよ。」
 「まあ、あの洋服はしまって置くサ。また役に立つ日も来るだろう。」
 とうとう私には娘のわがままを許せるほどのはっきりした理由も見当たらずじまいであった。私は末子の「洋服」を三郎の「早川賢」や「木下繁」にまで持って行って、娘は娘なりの新しいものに迷い苦しんでいるのかと想《おも》ってみた。時には私は用達《ようたし》のついでに、坂の上の電車|路《みち》を六本木《ろっぽんぎ》まで歩いてみた。婦人の断髪はやや下火でも、洋装はまだこれからというころで、
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