、銀座《ぎんざ》まで買いにお徳を娘につけてやった。それほどにして造りあげた帽子も、服も、付属品いっさいも、わずか二月《ふたつき》ほどの役にしか立たないとを知った時に私も驚いた。
 「串談《じょうだん》じゃないぜ。あの上着は十八円もかかってるよ。そんなら初めから洋服なぞを造らなければいいんだ。」
 日ごろ父|一人《ひとり》をたよりにしている娘も、その時ばかりは私の言うことを聞き入れようとしなかった。お徳がそこへ来て、
 「どうしても末子さんは着たくないんだそうですよ。洋服はもういらないから、ほしい人があったらだれかにあげてくだすってもいいなんて……」
 こういう場合に、末子の代弁をつとめるのは、いつでもこの下女だった。それにしても、どうかして私はせっかく新調したものを役に立てさせたいと思って、
 「洋服を着るんなら、とうさんがまた築地《つきじ》小劇場をおごる。」
 と言ってみせた。すると、お徳がまた娘の代わりに立って来て、
 「築地へは行きたいし、どうしても洋服は着たくないし……」
 それが娘の心持ちだった。その時、お徳はこんなこともつけたして言った。
 「よくよく末子さんも、あの洋服が
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