思い思いに流行の風俗を競おうとするような女学校通いの娘たちが右からも左からもあの電車の交差点《こうさてん》に群がり集まっていた。
私たち親子のものが今の住居《すまい》を見捨てようとしたころには、こんな新しいものも遠い「きのう」のことのようになっていた。三郎なぞは、「木下繁」ですらもはや問題でないという顔つきで、フランス最近の画界を代表する人たち――ことに、ピカソオなぞを口にするような若者になっていた。
「とうさん、今度来たビッシェールの画《え》はずいぶん変わっているよ。あの人は、どんどん変わって行く――確かに、頭がいいんだろうね。」
この子の「頭がいいんだろうね」には私も吹き出してしまった。
私の話相手――三人の子供はそれぞれに動き変わりつつあった。三人の中でも兄《にい》さん顔の次郎なぞは、五分刈《ごぶが》りであった髪を長めに延ばして、紺飛白《こんがすり》の筒袖《つつそで》を袂《たもと》に改めた――それもすこしきまりの悪そうに。顔だけはまだ子供のようなあの末子までが、いつのまにか本裁《ほんだち》の着物を着て、女らしい長い裾《すそ》をはしょりながら、茶の間を歩き回るほどに成人した
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