うど強い雨にでもぬれながら帰って来る自分の子供を見る気がした。
私たちの家では、坂の下の往来への登り口にあたる石段のそばの塀《へい》のところに、大きな郵便箱を出してある。毎朝の新聞はそれで配達を受けることにしてある。取り出して来て見ると、一日として何か起こっていない日はなかった。あの早川賢が横死《おうし》を遂げた際に、同じ運命を共にさせられたという不幸な少年一太のことなぞも、さかんに書き立ててあった。またかと思うような号外売りがこの町の界隈《かいわい》へも鈴を振り立てながら走ってやって来て、大げさな声で、そこいらに不安をまきちらして行くだけでも、私たちの神経がとがらずにはいられなかった。私は、年もまだ若く心も柔らかい子供らの目から、殺人、強盗、放火、男女の情死、官公吏の腐敗、その他胸もふさがるような記事で満たされた毎日の新聞を隠したかった。あいにくと、世にもまれに見る可憐《かれん》な少年の写真が、ある日の紙面の一隅《いちぐう》に大きく掲げてあった。評判の一太だ。美しい少年の生前の面影《おもかげ》はまた、いっそうその死をあわれに見せていた。
末子やお徳は茶の間に集まって、その日の新聞
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