、三つの疑問の死骸《しがい》が暗い井戸の中に見いだされたという驚くべきうわさが伝わった。
「あゝ――早川賢もついに死んでしまったか。」
この三郎の感傷的な調子には受け売りらしいところもないではなかったが、まだ子供だ子供だとばかり思っていたものがもはやこんなことを言うようになったかと考えて、むしろ私にはこの子の早熟が気にかかった。
震災以来、しばらく休みの姿であった洋画の研究所へも、またポツポツ研究生の集まって行くころであった。そこから三郎が目を光らせて帰って来るたびにいつでも同じ人のうわさをした。
「僕らの研究所にはおもしろい人がいるよ。『早川賢だけは、生かして置きたかったねえ』――だとサ。」
無邪気な三郎の顔をながめていると、私はそう思った。どれほどの冷たい風が毎日この子の通う研究所あたりまでも吹き回している事かと。私はまた、そう思った。あの米騒動以来、だれしもの心を揺り動かさずには置かないような時代の焦躁《しょうそう》が、右も左もまだほんとうにはよくわからない三郎のような少年のところまでもやって来たかと。私は屋外《そと》からいろいろなことを聞いて来る三郎を見るたびに、ちょ
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