不平にしたらしい。それに、次郎びいきのお徳が婆やにかわって私の家へ奉公に来るようになってからは、今度は三郎が納まらない。ちょうど婆やの太郎びいきで、とかく次郎が納まらなかったように。
 「三ちゃん、人をつねっちゃいやですよ。ひどいことをするのねえ、この人は。」
 「なんだ。なんにもしやしないじゃないか。ちょっとさわったばかりじゃないか――」
 お徳と三郎の間には、こんな小ぜり合いが絶えなかちった。
 「とうさんはお前たちを悪くするつもりでいるんじゃないよ。お前たちをよくするつもりで育てているんだよ。かあさんでも生きててごらん、どうして言うことをきかないような子供は、よっぽどひどい目にあうんだぜ――あのかあさんは気が短かかったからね。」
 それを私は子供らに言い聞かせた。あまり三郎が他人行儀なのを見ると、時には私は思い切り打ち懲らそうと考えたこともあった。ところが、ちいさな時分から自分のそばに置いた太郎や次郎を打ち懲らすことはできても、十年|他《よそ》に預けて置いた三郎に手を下すことは、どうしてもできなかった。ある日、私は自分の忿《いか》りを制《おさ》えきれないことがあって、今の住居《す
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