うに二階から降りて行った。
 私はすぐ茶の間の光景を読んだ。いきなり箪笥《たんす》の前へ行って、次郎と末子の間にはいった。太郎は、と見ると、そこに争っている弟や妹をなだめようでもなく、ただ途方に暮れている。婆やまでそこいらにまごまごしている。
 私は何も知らなかった。末子が何をしたのか、どうして次郎がそんなにまで平素のきげんをそこねているのか、さっぱりわからなかった。ただただ私は、まだ兄たち二人とのなじみも薄く、こころぼそく、とかく里心《さとごころ》を起こしやすくしている新参者《しんざんもの》の末子がそこに泣いているのを見た。
 次郎は妹のほうを鋭く見た。そして言った。
 「女のくせに、いばっていやがらあ。」
 この次郎の怒気を帯びた調子が、はげしく私の胸を打った。
 兄とは言っても、そのころの次郎はようやく十三歳ぐらいの子供だった。日ごろ感じやすく、涙もろく、それだけ激しやすい次郎は、私の陰に隠れて泣いている妹を見ると、さもいまいましそうに、
 「とうさんが来たと思って、いい気になって泣くない。」
 「けんかはよせ。末ちゃんを打つなら、さあとうさんを打て。」
 と、私は箪笥《たんす》
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