の前に立って、ややもすれば妹をめがけて打ちかかろうとする次郎をさえぎった。私は身をもって末子をかばうようにした。
「とうさんが見ていないとすぐこれだ。」と、また私は次郎に言った。「どうしてそうわからないんだろうなあ。末ちゃんはお前たちとは違うじゃないか。他《よそ》からとうさんの家へ帰って来た人じゃないか。」
「末ちゃんのおかげで、僕がとうさんにしかられる。」
その時、次郎は子供らしい大声を揚げて泣き出してしまった。
私は家の内を見回した。ちょうど町では米騒動以来の不思議な沈黙がしばらくあたりを支配したあとであった。市内電車従業員の罷業《ひぎょう》のうわさも伝わって来るころだ。植木坂の上を通る電車もまれだった。たまに通る電車は町の空に悲壮な音を立てて、窪《くぼ》い谷の下にあるような私の家の四畳半の窓まで物すごく響けて来ていた。
「家の内も、外も、嵐《あらし》だ。」
と、私は自分に言った。
私が二階の部屋《へや》を太郎や次郎にあてがい、自分は階下へ降りて来て、玄関|側《わき》の四畳半にすわるようになったのも、その時からであった。そのうちに、私は三郎をも今の住居《すまい》のほう
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