字《かしらもじ》だけをローマ字であらわして置くような、そんないたずらもしてある。
「だれだい、この線は。」
と聞いてみると、末子《すえこ》のがあり、下女《げじょ》のお徳《とく》のがある。いつぞや遠く満州の果てから家をあげて帰国した親戚《しんせき》の女の子の背丈《せたけ》までもそこに残っている。私の娘も大きくなった。末子の背は太郎と二寸ほどしか違わない。その末子がもはや九|文《もん》の足袋《たび》をはいた。
四人ある私の子供の中で、身長の発育にかけては三郎がいちばんおくれた。ひところの三郎は妹の末子よりも低かった。日ごろ、次郎びいきの下女は、何かにつけて「次郎ちゃん、次郎ちゃん」で、そんな背の低いことでも三郎をからかうと、そのたびに三郎はくやしがって、
「悲観しちまうなあ――背はもうあきらめた。」
と、よく嘆息した。その三郎がめきめきと延びて来た時は、いつのまにか妹を追い越してしまったばかりでなく、兄の太郎よりも高くなった。三郎はうれしさのあまり、手を振って茶の間の柱のそばを歩き回ったくらいだ。そういう私が同じ場所に行って立って見ると、ほとんど太郎と同じほどの高さだ。私は春先の
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