て来た新しいのも壁の上に掛けてあった。太郎への約束の柱時計だ。今度次郎が提《さ》げて行こうとするものだ。それが古い時計と並んで一緒に動きはじめていた。
 「すごい時計だ。」
 と、見に来て言うものがある。そろそろ夕飯のしたくができるころには、私たちは茶の間に集まって新しい時計の形をいろいろに言ってみたり、それを古いほうに比べたりした。私の四人の子供がまだ生まれない前からあるのも、その古いほうの時計だ。
 やがて私たちは一緒に食卓についた。次郎は三郎とむかい合い、私は末子とむかい合った。
 「送別会」とは名ばかりのような粗末な食事でも、こうして三人の兄妹《きょうだい》の顔がそろうのはまたいつのことかと思わせた。
 「いよいよ明日《あす》は次郎ちゃんも出かけるかね。」と、私は古い柱時計を見ながら言った。「かあさんが亡《な》くなってから、ことしでもう十七年にもなるよ。あのおかあさんが生きていて、お前たちの話す言葉を聞いたら驚くだろうなあ。わざと乱暴な言葉を使う。『時計を買いやがった――動いていやがらあ』――お前たちのはその調子だもの。」
 「いけねえ、いけねえ。」と、次郎は頭をかきながら食った。
 「とうさんがそんなことを言ったって、みんながそうだからしかたがない。」と、三郎も笑いながら食った。
 「そう言えば、次郎ちゃんも一年に二度ぐらいずつは東京へ出ておいでよ。なにも田舎《いなか》に引っ込みきりと考えなくてもいいよ。二三年は旅だと思ってごらんな。とうさんなぞも旅をするたびに自分の道が開けて来た。田舎へ行くと、友だちはすくなかろうなあ。ことに画《え》のほうの友だちが――それだけがとうさんの気がかりだ。」
 こう私が言うと、今まで子供の友だちのようにして暮らして来たお徳も長い奉公を思い出し顔に、
 「次郎ちゃんが行ってしまうと、急にさびしくなりましょうねえ。人を送るのもいいが、わたしはあとがいやです。」
 と、給仕《きゅうじ》しながら言った。
 「あゝ、食った。食った。」
 間もなくその声が子供らの間に起こった。三郎は口をふいて、そこにある箪笥《たんす》を背に足を投げ出した。次郎は床柱《とこばしら》のほうへ寄って、自分で装置したラジオの受話器を耳にあてがった。細いアンテナの線を通して伝わって来る都会の声も、その音楽も、当分は耳にすることのできないかのように。
 その晩は、
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