の断片的な草稿を文字の足りない処を書き足して、一冊の本に纏めたという縁故もあり、それから同君が亡くなった後で書いたものなどが散って了うのが惜しいと思って、種々の雑誌などから集めて透谷集というものに作ったのも自分であった。元々私はそう長く北村君を知っていた訳では無い。付き合って見たのは晩年の三年間位に過ぎない。しかし、その私が北村君と短い知合になった間は、私に取っては何か一生忘れられないものでもあり、同君の死んだ後でも、書いた反古《ほご》だの、日記だの、種々《いろいろ》書き残したものを見る機会もあって、長い年月の間私は北村君というものをスタディして居た形である。『春』の中に、多少北村君の面影を伝えようと思ったが、それも見たり聞いたりした事をその儘漫然と叙述したというようなものでは無くて、つまり私がスタディした北村君を写したものである。北村君のように進んで行った人の生涯は、実に妙なもので、掘っても掘っても尽きずに、後から後から色々なものが出て来るように思われる。これは北村君を知っていたからと云って、無暗に友達を賞めようという積りではない。成程《なるほど》過ぎ去った歴史上には種々優れた人もあ
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