つ》いだのであった。きけば、彼女はその夜から三日の間は昼夜をわかたず、その目を開くことができないのであるという。それは開こうとしても開き得ないのであった。彼女の目は、上下の睫毛《まつげ》を全く糊《のり》に塗り固められ(またある地方ではきわめて濃い、固い鬢《びん》つけ油を用う)、閉じられているのであったという。これは何を意味するかなら、要するに「見るな」だ。風俗も異なり習慣も異なる朝鮮の両班《ヤンパン》と、木曾の旧《ふる》い本陣とは一緒にはならないが、しかし青山の家でもやはりその「見るな」で、娘お粂に白無垢《しろむく》をまとわせ、白の綿帽子をかぶらせることにして、その一生に一度の晴れの儀式に臨ませる日を待った。すでに隣家伏見屋の伊之助夫婦からは、お粂のために心をこめた贈り物がある。桝田屋《ますだや》からは何を祝ってくれ、蓬莱屋《ほうらいや》からも何を祝ってくれたというたびに、めずらしいもの好きの弟たちまで大はしゃぎだ。しかし、かんじんのお粂はどうかすると寝たりなぞする。彼女は、北の上段の間《ま》に人を避け、産土神《うぶすな》さまの祭ってある神殿に隠れて、うす暗くなるまでひとりでそこにすわ
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