晴れ着がその襖にかかった。二尺あまりの振袖からは、紅梅のような裏地の色がこぼれて、白と紅とのうつりも悪くなかったが、それにもまして半蔵の心を引いたのは衣裳全体の長さから受ける娘らしい感じであった。卍《まんじ》くずしの紗綾形《さやがた》模様のついた白綾子《しろりんず》なぞに比べると、彼の目にあるものはそれほど特色がきわだたないかわりに、いかにも旧庄屋|風情《ふぜい》の娘にふさわしい。色は清楚《せいそ》に、情は青春をしのばせる。
不幸にも、これほどお民の母親らしい心づかいからできた新調の晴れ着も、さほど娘を楽しませなかった。余すところはもはや二十日ばかり、結婚の日取りが近づけば近づくほど、ほとほとお粂は「笑い」を失った。
七
青山の家の表玄関に近いところでは筬《おさ》の音もしない。弟宗太のためにお粂が織りかけていた帯は仕上げに近かったが、機《はた》の道具だけが板敷きのところに休ませてある。お粂も織ることに倦《う》んだかして、そこに姿を見せない時だ。
お民は囲炉裏《いろり》ばたからこの機のそばを通って、廊下つづきの店座敷の方に夫を見に来た。ちょうど半蔵は部屋《へや》に
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