部地方最初の女学校を近く名古屋に打ち建てるとのうわさもある。一方には文明開化の波が押し寄せ、一方には朝鮮征伐の声が激し、旧《ふる》い物と新しい物とが入れまじって、何がこの先見えて来るやかもわからないような暗い動揺の空気の中で、どうして娘たちの心ばかりそう静かにしていられたろう。
九月にはいると、お粂が結婚のしたくのことについて、南殿村の稲葉の方からはすでにいろいろと打ち合わせがある。嫁女《よめじょ》道中も三日がかりとして、飯田《いいだ》泊まりの日は伝馬町屋《てんまちょうや》。二日目には飯島《いいじま》扇屋《おうぎや》泊まり。三日目に南殿村着。もっとも、馬籠から飯田まで宿継ぎの送り人足を出してくれるなら、そこへ迎えの人足を差し出そうというようなことまで、先方からは打ち合わせが来ている。
「お粂、よい晴れ着ができましたよ。どれ、お父《とっ》さんにもお目にかけて。」
お民は娘のために新調した結婚の衣裳《いしょう》を家の女衆に見せて、よろこんでもらおうとしたばかりでなく、それを店座敷にまで抱きかかえて行って、夫のいる部屋《へや》の襖《ふすま》に掛けて見せた。
男の目にも好ましい純白な
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