いないで、前庭の牡丹《ぼたん》の下あたりを余念もなく掃いているところであった。
「お民、お粂の吾家《うち》にいるのも、もうわずかになったね。」
 と半蔵が竹箒《たけぼうき》を手にしながら言った。
 なんと言っても、人|一人《ひとり》の動きだ。娘を無事に送り出すまでの親たちの心づかいも、容易ではなかった。ことに半蔵としては眼前の事にばかり心を奪われている場合でもなく、同門の先輩正香ですらややもすれば押し流されそうに見えるほど、進むに難《かた》い時勢に際会している。この半蔵は庭|下駄《げた》のまま店座敷の縁先に来て腰掛けながら、
「おれもまあ、考えてばかりいたところでしかたがない。あの暮田さんを見送ってからというもの、毎日毎日学校から帰ると腕ばかり組んでいたぞ。」
 と妻に言って見せる。
 お民の方でもそれはみて取った。彼女は山林事件当時の夫に懲りている。娘の嫁入りじたくもここまで来た上は、男に相談してもしかたのないようなことまでそう話しかけようとはしていない。それよりも、どんな着物を造ってくれても楽しそうな顔も見せないお粂の様子を話しに来ている。
「でも、あの稲葉の家も、行き届いたものじ
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