掛けて正香に見せた。
鈴《すず》の屋翁《やのおきな》画詠、柿本大人《かきのもとのうし》像、師岡正胤主《もろおかまさたねぬし》恵贈としたものがそこにあった。それはやはり同門の人たちの動静を語るもので、今は松尾|大宮司《だいぐうじ》として京都と東京の間をよく往復するという先輩師岡正胤を中津川の方に迎え、その人を中心に東濃地方同門の四、五人の旧知のものが小集を催した時の記念である。その時の正胤から半蔵に贈られたものである。本居宣長《もとおりのりなが》の筆になった人麿《ひとまろ》の画像もなつかしいものではあったが、それにもまして正香をよろこばせたのは、画像の上に書きつけてある柿本大人の賛《さん》だ。宣長と署名した書体にも特色があった。あだかも、三十五年にわたる古事記の研究をのこした大先輩がその部屋に語り合う正香と半蔵との前にいて、古代の万葉人をさし示し、和魂《にぎみたま》荒魂《あらみたま》兼ねそなわる健全な人の姿を今の正眼《まさめ》に視《み》よとも言い、あの歌に耳を傾けよとも言って、そこにいる弟子《でし》の弟子たちを励ますかのようにも見えた。
半蔵の継母が孫たちを連れてそこへ挨拶《あい
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