、さっぱりとした涼しそうなものに着かえている自分の娘を見直したくらいだ。そこへ下男の佐吉も、山家らしい風呂《ふろ》の用意がすでにできていることを店座敷の方へ告げに行く。
半蔵は正香に言った。
「暮田さん、お風呂《ふろ》が沸いてます。まず汗でもお流しになったら。」
「じゃ、一ぱいごちそうになるかな。木曾まで来ると、なんとなく旅の気分がちがいますね。ここは山郭公《やまほととぎす》の声でも聞かれそうなところですね」
四
やがて半蔵の前に来てくつろいだ先輩は、明治二年に皇学所監察に進み、同じく三年には学制取調御用掛り、同じく四年にはさらに大学出仕を仰せ付けられたほどの閲歴をもつ人であるが、あまりに昇進の早いのを嫉《ねた》む同輩のために讒《ざん》せられて、山口藩和歌山藩等にお預けの身となったような境涯《きょうがい》をも踏んで来ている。今度、賀茂《かも》神社の少宮司《しょうぐうじ》に任ぜられて、これから西の方へ下る旅の途中にあるという。
半蔵は日ごろの無沙汰《ぶさた》のわびから始めて、多事な街道と村方の世話に今日まであくせくとした月日を送って来たことを正香に語った。木曾福島
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