様子をよく見ようとしたが、それはかなわなかった。というのは、お粂は見るまじきものをその納戸《なんど》の窓の下に見たというふうで、また急いで西側の廊下の方へ行って隠れたからで。
「あなた、ようやくわたしにはお粂の見通しがつきましたよ。」
と言って、お民が店座敷へ顔を出した時は、半蔵は客の待ちどおしさに部屋《へや》のなかを静かに歩き回っていた。お民に言わせると、女の男にあう路《みち》は教えられるまでもないのに、あれほど家のおばあさんから女は嫁《とつ》ぐべきものと言い聞かせられながら、とかくお粂が心の進まないらしいのは、全くその方の知恵があの子に遅れているのであろうというのであった。もっとも、その他の事にかけては、お粂は年寄りのようによく気のつく娘で、母親の彼女よりも弟たちの世話を焼くくらいであるが、とも付け添えた。
「何を言い出すやら。」
半蔵は笑って取り合わなかった。
どうして半蔵がこんなに先輩の正香を待ったかというに、過ぐる版籍奉還のころを一期とし、また廃藩置県のころを一期とする地方の空気のあわただしさに妨げられて、心ならずも同門の人たちとの往来から遠ざかっていたからで。それ
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