うに、そこに軽やかな空気をつくる。走る。ころげ回る。その一つ一つが示すしなやかな姿態は、まるで、草と花のことだけしか思わない娘たちか何かを見るように。
その辺は龍《りゅう》の髯《ひげ》なぞの深い草叢《くさむら》をなして、青い中に点々とした濃い緑が一層あたりを憂鬱《ゆううつ》なくらいに見せているところである。あちこちに集まる猫はこの苔蒸《こけむ》してひっそりとした坪庭の内を彼らが戯れの場所と化した。一方の草の茂みに隠れて、寄り添う二匹の見慣れない猫もあった。ふと、お民が気がついた時は、下女のお徳まで台所の方から来た。その庭にばかり近所の猫が入り込むのを見ると、お徳は縁先にある手洗鉢《ちょうずばち》の水でもぶッかけてやりたいほど、「うるさい、うるさい。」と言っていながら、やっぱり猫のような動物の世界にも好いた同志というものはあると知った時は、廊下の柱のそばに立って動かなかった。ちょうど、お粂《くめ》も表玄関に近い板敷きの方で織りかけていた機《はた》を早じまいにして、その廊下つづきの方へ通って来た。そこはお民やお粂が髪をとかす時に使う小さな座敷である。その時、お民は廊下の離れた位置から娘の
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