の方へ行った。その廊下は母屋《もや》の西北にめぐらしてあって、客でも泊める時のほかは使わない奥の間、今は神殿にして産土神《うぶすな》さまを祭ってある上段の間の方まで続いて行っている。北の坪庭も静かな時だ。何げなくお民はその庭の見える廊下のところへ出てながめると人気《ひとけ》のないのをよいことにして近所の猫《ねこ》がそこに入り込んで来ている。ひところは姑《しゅうとめ》おまんの手飼いの白でも慕って来るかして、人の赤児《あかご》のように啼《な》く近所の三毛や黒のなき声がうるさいほどお民の耳についたが、今はそんな声もしないかわりに、庭の梨《なし》の葉の深い陰を落としているあたりは小さな獣の集まる場所に変わっている。思わずお民は時を送った。生まれて半歳《はんとし》ばかりにしかならないような若い猫の愛らしさに気を取られて、しばらく彼女も客人のことなぞを忘れていた。彼女の目に映るは、一息に延びて行くものの若々しさであった。その動作にはなんのこだわりもなく、その毛並みにはすこしの汚れもない。生長あるのみ。しかも、小さな獣としてはまれに見る美しさだ。目にある幾匹かの若い猫はまた食うことも忘れているかのよ
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