るたびに、ほんとに父親にそっくりなような娘ができたと思わずにいられない。半蔵は熱心な子女の教育者だから、いつのまにかお粂も父の深い感化を受け、日ごろ父の尊信する本居《もとおり》、平田《ひらた》諸大人をありがたい人たちに思うような心を養われて来ている。お粂は性来の感じやすさから、父が戸長の職を褫《は》がれ青ざめた顔をして木曾福島から家に帰って来た時なぞも、彼女の小さな胸を傷《いた》めたことは一通りでなかった。彼女は、かずかずの数奇《すき》な運命に娘心を打たれたというふうで、
「わたしはこうしちゃいられないような気がする。」
 と言って、母のそばによく眠らなかったほどの娘だ。
 しかし、お民はお民なりに、この娘を励まし、一方には強い個性をもった姑との間にも立って、戸長免職後の半蔵を助けながら精いっぱい働こうと思い立っていた。以前にお民が妻籠《つまご》旧本陣を訪《たず》ねたおり、おばあさんや兄夫婦のいるあの生家《さと》の方で見て来たことは、自給自足の生活がそこにも始まっていることであった。お民はそれを夫の家にも応用しようとした。彼女は周囲を見回した。もっと養蚕を励もうとさえ思えば、広い玄関の
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