宮《すいてんぐう》の守り札と合わせたものがその袋の中から出て来た。古人も多く旅に死せるありとやら。いずこに露命は果てるとも測りがたいおもんぱかりから、この寺に残し置くべき辞世までも和尚は用意してある。それには紙の上に一つの円が力をこめて書きあらわしてあり、その奥には禅家らしい偈《げ》も書き添えてある。前途幾百里、もしその老年の出発の日が来て、西は長崎の果てまでも道をたどりうるようであったら、遠く故郷の空を振り返って見る一人の雲水僧《うんすいそう》のあることを記憶して置いてくれよとの話も出た。
やがて勝重は伏見屋主人と共に和尚のもとを辞した。万福寺の山門を出てから、彼は連れを顧みて言った。
「まあ、お師匠さまもあんな最後をなすったんじゃ、だれだって寝ざめがよかありません。厚く葬ってあげるんですね。」
二代目もうなずいた。
幸い雨もあがって、どうかと天候の気づかわれた次ぎの日の葬儀もまずこの調子では無事に済まされそうであった。勝重らは半蔵埋葬の場所を見回るため万福寺の山腹について古い墓石の並び立つ墓地の間の細道を進んで行った。そこは杉の木立ちの間である。半蔵の祖父半六、父吉左衛門
前へ
次へ
全489ページ中483ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング