故人への回向《えこう》に替えようとしていた。ただ法務と寺用とをこのままに放棄するのは師恩に報ゆべき道でないとなし、それには安心して住持の職を譲って行けるまでにもっと跡目相続の弟子を養い、雨漏りのする本堂の屋根の修繕をも成し遂げ、一切心残りのないようにして置いて、七十の声を聞いたならばその時こそは全国|行脚《あんぎゃ》をこころざし、一本の錫杖《しゃくじょう》を力に、風雲に身を任せ、古聖も何人《なんぴと》ぞと発憤して、戦場に向かうがごとくに住み慣れた馬籠の地を離れて行きたいことなぞを勝重らの前に打ち明けた。和尚はあとの住持のために万福寺年中行事なるものの草稿を作り、弟子の心得となるべき禅門の教訓をもいろいろと認《したた》めて、仏世の値《あ》いがたく、正法の聞きがたく、善心の起こしがたく、人身の得がたく、諸根のそなえがたいことを教えて置いて行こうとしてあった。手回しのいいこの和尚はすでに旅の守り袋を用意したと言って、青地の錦《にしき》の切地《きれじ》で造ったものをそこへ取り出して見せた。梵文《ぼんぶん》の経の一節を刻んであるインド渡来の貝陀羅樹葉《ばいだらじゅよう》、それを二つ折りにして水天
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