、そういうあなたのお考えでしたら、なぜもっと早くそれを言い出して、お師匠さまを救ってはくださらなかったんです。」
 と言った。松雲にして見ると、一切は勢いであって、和尚の力にもどうすることもできなかった。もし半蔵が勢いに逆らおうとしなかったなら、あんなに衆のために圧倒されるようなことはなかったであろう。松雲はそれを勝重らに言って、見殺しにするつもりもなく半蔵を見殺しにしたと嘆息した。
「しかし、お二人の前ですが、今度という今度はつくづくわたしも世の無常を思い知りました。」
 とまた松雲は静かに言い添えて、小さな葛籠《つづら》の風呂敷包《ふろしきづつ》みにしてあるのを取り出して来た。あだかも、和尚の本心はその中にこめてあるというふうに。驚くべきことには、遠からず和尚にやって来る七十の齢《よわい》を期して、長途の旅に上る心じたくがそこにしてあった。
 松雲には日ごろからたたかうまいとしていたことが四つある。命とたたかわず、法とたたかわず、理とたたかわず、勢とたたかわずというのがそれだ。その時、和尚は半蔵が焼こうとした寺にも決してなんらの執着を持たないおのれの立場を明らかにして、それをもって
前へ 次へ
全489ページ中481ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング