禰宜《ねぎ》の顔も見えなかったが、そこいらには馬籠町内の重立った人たちも集まっていた。埋葬の場処は、と勝重が宗太に尋ねると、家政改革後は倹約第一の場合ででもあるから、万福寺山腹に古くからある墓地の片すみをえらむことにして、そのことはすでに寺へも通じてあるという。これには勝重はひどく残念がって、なんとかしてもっと適当な場処を求めなるべく手厚く師匠を葬りたいと言い、墓地続きの寺の畠《はたけ》でも譲り受けられるなら、及ばずながらその費用等は自分ら弟子仲間で心配するとの意見をそこへ持ち出した。というのは、青山家の墓地も先祖代々のたくさんな墓石で埋《うず》められ、ほとほと割り込むすきもないことを勝重もよく知っていたからであった。
「どうも、お弟子が来て厄介《やっかい》なことを言い出したぞ。」
宗太の目がそれを言った。でも、こんなに父の死を惜しんでくれる人たちもあるというその熱い情《こころ》に動かされて、宗太も倹約一方の説を覆《くつがえ》し、結局勝重の意見をいれた。栄吉や清助は宗太の意を受けて、改めて埋葬の地を相するため雨の中を出かけた。
悲しい夜が来た。霊前には親戚《しんせき》旧知のものが集
前へ
次へ
全489ページ中476ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング