一度旧本陣の屋根の下へと帰って行ったのである。その旧主人の死体を蒲団《ふとん》ぐるみ抱きかかえながら木小屋から母屋《もや》へと持ち運んだのは、おもに下男佐吉の力であった。それには以前に出入りした百姓仲間の兼吉や桑作の手伝いもあった。宗太はじめ、三郎、益穂らはいずれも雨傘《あまがさ》をさしかけて、その前後を護《まも》って行った。
半蔵の死が馬籠以外の土地へも通知されて行くころには、近在から弔《くや》みを言い入れに集まる旧《ふる》い弟子たちもすくなくなかったが、その中でだれよりも先に急いで来たものは落合の勝重であった。
勝重が思い出の深い本陣屋敷に来て見た時は、師匠の遺骸はすでに奥の上段の間の隣り座敷に安置してあった。彼はまず青山の家族にあって、長い看護に疲れ顔なお民にも、七十八歳の高齢で義理ある子を先立てたおまんにも、それから宗太夫婦にも厚く弔みを述べた。奥座敷の方へも進んで行って、神葬の古式による清げな白木の壇の前にひざまずき、畳の上に額《ひたい》をすりつけて、もはやこの世の一切の悲しいや苦しいも越えているように厳粛《おごそか》な師匠の死顔を拝した。まだ棺もできては来ず、荒町の
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