かったとしたら、火はたちまち本堂の障子に燃え上がったであろう、万一その火が五百二十|把《ぱ》からの萱《かや》をのせた屋根へでも燃え抜けたが最後、仏壇や位牌堂《いはいどう》はもとより、故伏見屋金兵衛が記念として本堂の廊下に残った大太鼓も、故|蘭渓《らんけい》の苦心をとどめた絵襖《えぶすま》も、ことごとく火となったであろう、そうなれば客殿、方丈、庫裏《くり》の台所も危ない、ひょっとすると寺の土蔵まで焼け落ちたかもしれない、こんな事が公然と真昼間に行なわれて、しかもキ印《じるし》のする事でないとしたら、自分なぞは首をくくって死んでしまいたいと言うものがある。幸いこの放火は大事に至らなかったようなものの、警察の分署へ聞こえたら必ずやかましかろう、もし青山の親戚《しんせき》一同にこの事を内済にする意向があるなら、なぜ早くお師匠さまを安全な場所に移し、厳重な見張りをつけ、村のもの一同もまた安心して眠られるような適当な方法を取らないのかと息まくものもある。
半蔵の従兄《いとこ》、栄吉は親類仲間でも決断のある人である。事ここに至っては栄吉も余儀ない場合であるとして、翌朝は早くから下男の佐吉に命じ裏の
前へ
次へ
全489ページ中433ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング