性質の善良なことや、人を待つのに厚いことなぞは半蔵自身ですら日ごろ感謝していいと言っていたくらいだからである。たとえば、彼岸の来るころには中日までに村じゅうを托鉢《たくはつ》して回り、仏前には団子《だんご》菓子を供えて厚く各戸の霊をまつり、払暁《ふつぎょう》十八声の大鐘、朝課の読経《どきょう》、同じく法鼓なぞを欠かしたことのないのもあの和尚である。またたとえば、観音堂《かんのんどう》へ念仏に見える町内の婆《ばば》たちのためには茶や菓子を出し、稲荷大明神《いなりだいみょうじん》を祭りたいという若い衆のためには寺の地所を貸し与え、檀家《だんか》の重立ったところへは礼ごころまでの般若札《はんにゃふだ》、納豆《なっとう》、あるいは竹の子なぞを配ることを忘れないで、およそ村民との親しみを深くすることは何事にかぎらずそれを寺の年中行事のようにして来たのもあの和尚である。こんなに勤行《ごんぎょう》をおこたらない松雲のよく護《まも》っている寺を無用な物として、それを焼き捨てねばならないというは、ほとほとだれにも考えられないことであった。
山口村の杏庵老人は祭りの最中にも旧本陣へ駕籠《かご》を急がせて
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