ぜん》とした半蔵が東京を去ったのもこの旅である。とにもかくにも彼は二人の子にあい、その世話になる人々に礼を述べ、知人の家々を訪《たず》ねて旧交を温《あたた》めただけにも満足しようとした。帰路には彼はやはり歩き慣れた木曾街道をえらんで、板橋経由で郷里の方に向かった。旅するものには、いずこの宿場の変遷も時の歩みを思わせるころである。道すがらの彼の心はよく四人の男の子の方へ行った。庄屋風情《しょうやふぜい》ながらに物を学ぶ心の篤《あつ》かった先代吉左衛門が彼に呼びかけた心は、やがて彼が宗太にも正己にも森夫にも和助にも呼びかける心で、後の代を待つ熱いさびしい思いをその四人に伝えたいと願うからであった。ことに彼が未熟な和助を頼みにするというのも、それは彼とお民との間に生まれた末の子というばかりでなく、「和助は学問の好きなやつだで、あれはおれの子だで」とお粂《くめ》夫婦の前でも言って見せたくらいだからであった。せめて末の子だけには学ばせたい、とは彼が心からの願いであったのだ。どうだろう、その子もまた父の心を知らないとしたら。子は母親本位のもので、父としての彼はただ子の内部《なか》を通る赤の他人のよ
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