申し渡されるなら、きっと相守る。そのかわり明山《あきやま》は人民に任せてくれ。新規則以来、人民私有の山地まで官有に併《あわ》せられた場処も多くあるが、これも元々どおりに解かれたい。大体にこういうことになりましょう。つまり――一般公平の御処置を仰ぎたい。今のうちに官民協力して、前途百年の方針を打ち建てて置きたい。享保以前の古《いにしえ》に復したいということですな。」


 ここへ来るまで、半蔵は野尻《のじり》の旅籠屋《はたごや》でよく眠らず、福島でもよく眠らずで、遠山五平方から引き返して禰宜《ねぎ》の家に一晩泊まった翌朝になって、ひどく疲れが出た。禰宜宮下の主人が里宮の社殿のあるところまで朝勤めに通《かよ》って行って、大太鼓を打ち鳴らしてからまた数町ほどの山道を帰るころでも、彼はゆっくり休んでいた。家の人の雨戸を繰りに来る音を聞くようになって、ようやく彼は寝床からはい出した。
「だいぶごゆっくりでございますな。」
 と言って、宮下の細君が熱い茶に塩漬《しおづ》けの小梅を添えて置いて行ってくれるころが、彼には朝だった。
 里宮の神職と講中《こうじゅう》の宿とを兼ねたこの禰宜の古い家は、木曾
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