であるから、今般の御改革で郡県の政治を行なわれるについては本県の管下も他郷一般の処置を下し置かれたいと述べてある。別に年来の情実を本庁の官吏によく知ってもらうため、谷中の人民から旧領主に訴えたことのある古い三通の願書の写しをも添えることにしてある。
「この古い願書の写しを添えて出すことが大切です。」
「さようだ。今日にはじまった問題でもないことがわかりますで。」
 二人《ふたり》はこんな言葉をかわした。いよいよ来たる五月の十二日を期して再度の嘆願書を差し出すことから、その前日までに贄川《にえがわ》に集まって、四人の総代だけが一同に代わり松本へ出頭するまでの手はずも定《き》まった。もし本庁の官吏から今日人民の難渋する事情を問いただされたら、四人のもの各自に口頭をもって答えよう、支庁主任のさしずによる山林規則には谷中の苦情が百出して、総代においても今もってお請けのできかねる事情を述べようと申し合わせた。
 五平は言った。
「この嘆願書の趣意は、官有林を立て置かれることに異存はない。御用材|伐《き》り出し等の備え場も置かねばなるまいから、それらの官有林にはきびしくお取り締まりの制度を立てて、
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